言葉にすると恥ずかしい

サトウダイの日記

父親

 

今日は父の日だ。

 

これを読んでる人はみんな父親に直接だったり、ラインなんかで感謝の気持ちを伝えたであろうか。

 

ちなみに筆者(使ってみたかった)もその中の1人である。

 

年々親、友達など親しい者へ感謝することは恥ずかしく感じてしまい疎かにしがちであるが出来る限り、こういった行事のときくらいはちゃんとしようとラインを送り、プレゼントもなにかしら送っている。

 

僕にとって父親は権威のある存在だ。

圧倒的存在。

ドラクエで例えるならば、勇者がLv.11のときのデスピサロみたいな存在だ。

 

なぜそこまでの存在だと感じるようになったのか?

それは忘れもしないある一つの事件が関連している。

 

「小2 九九事件」である。

 

時は遡り、

小学校2年の頃自分は頭が悪かった。

どれほど悪かったかというと、九九が3の段から先に進むことができなかったのだ。

 

親としては、絶望である。

算数の中ではまだ簡単な方の九九をしくじるなんて…まだまだこの先には方程式やらなんやらと難しいことがたくさん待っているのにかかわらず、九九でつまづいてしまっているのだ。例えるならばオールスター感謝祭の番組対抗マラソンで心臓破りの坂の下りで挫折しているようなものだ。

少しわかりづらいか。

 

しかし、

当時の自分ときたらことの重要性に全く気づいていなかったのである。

 

本当になにも考えずにひょうひょうといきていたのではないか?

 

それに痺れを切らして、僕の父親はある日僕をベッドに呼び出し、横に寝転んだ僕を足で固定し、ひたすら九九を口に出させ、間違ったらビンタをされ、また間違ったらビンタ、またまた間違いビン。

と地獄の九九合宿をさせられたのである。

 

それが終わったのはあまり覚えていないが3時間はかかったであろう。

はっきり覚えていたのは7の段の頃には顔は腫れていたことだ。

 

まぁそんなことがあり僕は立派な大人になった。

感謝しかない。

 

しかし今後もし僕が父親になり、子が九九ができないとしったときに同じことをするかと言われたら、とても考える。

なぜならそれほど僕の中であの事件はトラウマであるからだ。

 

お父さん、今までありがとう。

これからも長生きして、色々心配かけるかもしれないけれどよろしくお願いします。